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2006年10月13日

肥満とダイエットの遺伝学

肥満とダイエットの遺伝学

蒲原聖可 / 朝日新聞社 / 1999年8月

★★★★★


人類はだんだん丸くなっている。人格ではなく体型の話だ。

 1999年刊のため、今更感のあるご紹介ですが、広範囲な話題をカバーしており、新しい発見も多い良い啓蒙書だと思います。こうした学術論文をベースとした定説とトレンドをまともに紹介してくれる本は、もっと増えてくれるといいなあと思います。

 面白いなと思ったことはいろいろありますが、


  • あるアンケートで20代の日本人女性の6割以上が、痩せることのみで幸せな気分になると回答している。
  • ヒトが年間で摂取するカロリーに占める体重増減に寄与するカロリーは、微々たるもの(1パーセント以下)であり、食事療法その他で体重をコントロールするのは困難。
  • 体重は環境要因より、遺伝要因の寄与する割合が高い。一定の値に収束するよう、複数の遺伝子が加齢その他の環境要因に対応して発現してコントロールしている(セットポイント説)。
  • セットポイント周辺での体重の維持に関与する重要な物質のひとつに、脂肪細胞から分泌されるレプチンがある。体脂肪が増えるとレプチン濃度が増して、食欲が抑制され、エネルギー消費が増大する(痩せる)。レプチン合成に異常があると太るが、これが肥満の原因である人は少ない。太っている人の多くは、レプチンが受容される脳脊髄液の濃度が相対的に低く、機構は不明だがレプチンの輸送や受容以降の伝達に問題があるせいではないかと言われている。

 要するに、体重は遺伝子が決めています、と言っていますが、どういう決め方をしているんでしょうね。
 体重が100キロで安定している人は、遺伝子にキミは100キロ!と書いてあるとも思えないですし、期間は? 触れ幅は?

 人間の体は、短期・長期のカロリー収支の変動を緩衝して、体重を一定値に収束させる仕組がよく出来ているので、ダイエットは難しい、というのは確かにその通りなのですが、現実には摂取カロリー、筋肉量(基礎代謝量)、運動量のバランスを大きく変えて維持できれば、減量は可能なんですよね。

 しかしそれを容易に実現するためにも、肥満のしくみがもっと物質的に解明されると面白いと思います。

2006年10月19日

モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない

モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない

マリー・フランス・イルゴイエンヌ /高野優 / 紀伊国屋書店 / 1999年12月

★★

 最近、モラル・ハラスメントという現象に興味を持っています。

 この本は、フランスで大ヒットして、職場や家庭におけるモラル・ハラスメント(精神的ないじめ)問題を顕在化させる役割を果たしたのだそうです。この本のヒットによって、モラル・ハラスメントという言葉は市民権を得て、2002年以降、フランスやベルギーではセクシャルハラスメントと同じく職場において禁止事項となるに至ったそうです。

 星の数が少ないのは、この本は読み物としては構成に難があり、読みづらいと感じたためです。しかし、現在モラル・ハラスメントの被害に遭っている方からすると、思い当たる節が多すぎて、ショックを受けつつ休み休み読み通し、読み終わる頃には、自分がモラル・ハラスメントの被害者であったと気づいて愕然とするようです。

 モラル・ハラスメントとは何か、ということは、たとえばこちらのサイトをご覧になると、ご自分なりのイメージをつかんでいただけると思います。日本では夫から妻へのモラル・ハラスメントの事例が多く、典型的なタイプとしては、

  • 外面(そとづら)が良く、結婚前にその性格を見抜くことは困難。結婚後に本性を発揮する。
  • 同一傾向の性格の両親など、問題のある家族を持っていることが多い。
  • 独自の「マイルール」があり、自分に甘く、妻や子に厳しい。例えば「オレは趣味に散財していいが、お前は100円ショップでタワシを買っても無駄遣い」「オレは男だから浮気していいが、お前は女だからダメ」など。
  • 被害者に罪悪感を持たせることで、加害者への批判を退ける。マヨネーズの買い置きを忘れたくらいの些細なことを、「お前は何も感じないのか」などと被害者の過失として激怒し、「怒らせるお前が悪い」と言って、怒りを正当化する。
  • 自分の正しさを揺ぎなく確信しており、下に見ている被害者とは話し合いにならない。またカウンセリングその他の矯正プログラムによって、矯正されない。
  • 被害者の唯一の対抗手段は離婚で、離婚を切り出しても容易には応じず、鬱病を詐病し始めたりする。
  • 子供がいて離婚せずにいると、その行動様式を子が模倣して、モラ(モラハラをする人)に育つ。
   現状では、妻が友人や家族に被害について話すと、しばしば「どこの家庭にもあることよ」「あなたにも至らないところがあるんじゃない」などと言われて、ただでさえ自責の念にかられやすい被害者は自分の忍耐力が足りないのではないか、と考えて弱っていく、ということがよくあるようです。

 明らかに理不尽なケースを話されているにも関わらず、そのように答える人も、面倒臭いから誠意のある回答をしないのか、あるいは自分が似たような理不尽を経験しているから、特に問題だと思わないのか、本当に普遍的なことだと認識しているのか・・・?

 モラル・ハラスメントは、ちょうどセクシャル・ハラスメントのように、問題を定義した言葉が多くの人に認知されると、被害に遭っていない人にも、被害の様子を理解してもらえるようになると思われます。そのうちきっと、ドラマになるんだろうなーと思っています。

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